2014年03月05日

第44回コンテナ到着報告

第44回コンテナ荷下ろし作業 2014年2月28日 010.jpg

JFSAで1月15日にコンテナに詰みこまれた古着等は、2月26日にパキスタンのカラチ港に到着しました。
そして、2月28日にコンテナから下ろされました。
13時から始まった荷下ろし作業はお昼休みを挟んで16時半に終えることができました。

これらは荷下ろし中に撮影した写真です。

第44回コンテナ荷下ろし作業 2014年2月28日 015.jpg

1枚は、50キロのベールを担ぐ荷役労働者です。
彼らに「50キロを一人で100個近く運ぶのは大変ではないか」と尋ねました。
「お前の所のベールは軽いので楽だよ! 日本からのベールは100キロが普通だからな」と答えてくれました。

第44回コンテナ荷下ろし作業 2014年2月28日 051.jpg

 もう1枚は、今回荷下ろしをしてくれた人の中で一番年配だった人です。
年齢を尋ねてみました。「40ぐらいじゃないか」と答えてくれました。
でも「40に しては老けてないか」と卸売業者のニアーズに尋ねてみました。
「荷役労働者の多くはアフガンからの不法入国者が多いので身分証明証もない。また、親が文字 の読み書きができないので出生を政府に届けていない。自分の年齢がはっきりわからない。確かな年齢はこういう仕事では必要ないしな」と。

 このような荷役労働者とのやり取りで知り得るパキスタンの事情は、パキスタンのガイドブックや専門書にも記載はされていない。こういったやり取りを集めたもう一つのガイドブックが作れると良いなと思いました。

海外事業担当 西村
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2013年03月30日

第41回コンテナが到着しました


JFSAが2月13日に送り出したコンテナが3月15日にパキスタンのカラチ港に到着しました。
そして、21日(木)税関の検査を終えて、荷降ろし作業が行われました。
荷下ろし作業は、路上で行なう予定でしたが、その場所にバローチ の若者が溜まっていました。
JFSAが古着の卸売をしているワリー氏はパシュトゥーンという民族で、バローチの民族とは現在対立関係にあります。
ここでの荷降ろしは危ないということで、パシュトーン居住区にあるワリー氏の親戚の大きな倉庫に横付けして、 一時そこに保管し、折を見て普段JFSAの古着を保管している倉庫に運ぶことになりました。

コンテナの検査は、事務手続きのみの書類検査、コンテナをX線に通すX線検査と、全ての荷物をコンテナから出し無作為に中身を調べる荷出し検査があります。
今回は事務手続きだけで済みましたので、きれいなベールのままに運び出すことが出来ました。

また、いつもは降ろした荷物を倉庫へ運ぶため、スズキのトラックでベールをピストン輸送していますが、今回はその作業も無く、早く終わりました。

もちろんポリスもこの倉庫には入って来られませんので、賄賂を払わずに済みました。


第41回JFSAコンテナ荷下ろし作業(カラチにて) 028.jpg
手を挙げてトレーラーを誘導しているのが、ワリー氏の親戚で向かって左側に彼の倉庫があります。この倉庫は3社が賃貸で使用していて、ちなみに親戚の方の古着の倉庫の隣にはマッチ箱が数千箱保管されていました。



第41回JFSAコンテナ荷下ろし作業(カラチにて) 061.jpg
 労働を通して信頼して貰えるのは気持ちのいいものです。仲間のことを思ってさぼらずに懸命に働けば、それだけで信頼して貰えるのですから。


海外事業担当事務局 西村


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2013年03月23日

パキスタンのデコトラ(デコレーショントラック)職人


4月27日・28日に上野恩賜公園で、“パキスタン・ジャパンフレンドシップバザール”が開催されます。
JFSAも出店します。
このバザールの中で、パキスタンで走っているとても派手にデコレーションされたトラックやバスを展示する予定です。
JFSAは展示されるバスを通して、デコレーションしている職人の暮らし(どのような修業があるのか・どんな暮らしをしているのか・・など)を紹介したいと考えています。

そこで、そのトラックやバスを装飾している職人に会ってきました。
昨日は学校の卒業生のママダリの案内でパキスタンを縦断している高速道のカラチ市入口近くにある、デコレーション工場を見学しました。
ここは、アフガニスタン系の民族、パシュトゥーン人のエリアでした。

今日は、彼の弟アマダリの案内で、アル・カイールアカデミーから車で10分もかからないところにある、工場を見学しました。
ここはインド系の民族、マハジールのエリアでした。


どちらの工場もスラム街にあり、若者が児童労働を経験して1人前になり、この業界を支えています。
彼らの多くが低賃金で働いていますが、彼らに職人(アーティスト)としての誇りを感じました。
彼らの技術は大したものです。

私が「ときどき遊びに来てもいいか?」と尋ねると、そばにいた全員が声を合わせて
「キューン ネヒン ヘイ!(何言ってんだよ!当然じゃないか!)」と答えてくれました。
また一つスラムの中で心温まる場所ができました。


デコトラ.jpg
向かって右の色褪せたバスは、これからお色直しするそうです。左のバス(お色直し済)も2年経つと同じように色あせるそうです。
道路事情も悪く、排気ガスや埃が充満している市街地を毎日走り続けているのですから、傷みも激しいのだと思います。


デコトラ (2).jpg
修行中の若者

2013年2月11日リメイク品販売ミーティング、デコバス調査 029.jpg
誇り高きアーティストたち



海外事業担当事務局 西村

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カチラクンディでのポリオワクチン接種

カチラクンディは、カラチ市に住む1800万人が出すゴミの処分場です。
パキスタンには全国どの都市部でも焼却炉は無く、平原にこのような処分場が存在しています。

ゴミの容積を減らすために野焼きされています。そして、その中から金属などの有価物を拾い集めて暮らしの糧にしている人が処分場内に住んでいます。
このカチラクンディには5000人ほどが暮らしています。
そして、ここに10年前にアル・カイールアカデミーの分校が建てられました。現在200人ほどの子どもが学んでいます。


このカチラクンディで、先日、ユニセフによるポリオワクチンの接種が行われました。
先月カラチ市内でこのワクチン接種を行なった医師1人、看護婦7人をタリバンが“アメリカのスパイである”として、殺害する事件があったために、自動小銃を持った警官に守られて厳重な警戒のもとワクチンの接種が行なわれました。

この写真のように警官に護衛された看護婦が、木切れや布きれで作られた家々を訪ねてワクチン接種が実施されました。


タリバンによる、ポリオのワクチン接種行為者殺害のニュースは日本でも報道されています。
http://www.cnn.co.jp/world/35026057.html

カチラクンディで行われたポリオの予防接種を見て、日本でも報じられている報道の片寄りを強く感じてしまいました。何故でしょうか?
住民への何の予告もなく、警察車両2台に10人近くの警官の警護付でユニセフから雇われた看護婦の女性が予防接種の説明もせずワクチンの接種(飲ませる)を機械的に行なっていました。

ポリオは伝染病でもあり、この地域には様々な感染症が発生しやすい環境にあります。
生活改善を何とか目指していかなければならないにも拘らず、この予防接種にはその配慮を全く感じませんでした。
報道での主張も、ワクチンを接種すればポリオ(延髄、脊髄、脳を犯すがまれに死亡することもある病気)に罹ること防げるとしています。

ですが、清潔な飲料水の確保、排せつ環境、栄養確保などが必要なことには関心を示していません。
ワクチンをどれだけの子どもに接種したのかに目的が絞られているように見受けられました。


ユニセフの子供白書によると、2012年に全世界の5歳未満の子どもの死亡は800万人近いと言われています。
その原因の多くは肺炎・下痢性疾患・出生時の合併症であるそうです。
ワクチン接種を実行している機関は、このような現実を飛び越えて、住民に説明もなしにワクチンを接種させ、ワクチン接種を妨害しているタリバンの行為は許されないことだと批判しています。

一方、タリバンは、アメリカによる無人機での爆撃を止めない限りは、ワクチン接種行為者への多くの攻撃を止めないとしています。
このように、ワクチン接種が子どもの命と環境を守る軸とならず、そのうえ報道も非常に政治的になっていているように感じられ、子ども達の現実に立った報道を望んでいます。


ポリオ1.jpg
自動小銃を持つ警官(手前)とポリオのワクチン接種を行なう看護婦(奥の黒い服の女性)

海外事情担当 西村

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2013年03月20日

中古靴の卸問屋街


中古靴の卸問屋街に行ってきました。
女性は、イスラム教の教えで体のラインを隠し外に出る時は黒いベールで全身を覆っています。
靴はそのような教えの範囲外の為、自己主張ができるアイテムの一つです。
パキスタンでは日本とは違い割とハデな靴が人気のようです。


調査中古靴マーケット 022.jpg


海外事業担当 西村
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2013年03月19日

新分校 グラーム・フセイン・ゴードの生徒たち


ゴミ捨て場にあるカチラクンディ分校から丘を一つ隔てたところに新分校はあります。

アル・カイールアカデミー本校とは違う顔立ちをしている新分校の生徒たちです。
本校の生徒の多くはマハジールと呼ばれているインド系の民族です。
新分校は、カラチ市のあるシンド州とバローチスタン州の州境にあり、生徒の多くはバローチスタン人で近くに散在する農村の子ども達です。日常的に話す言葉も違います。
マハジールの人たちはウルドゥー語(パキスタンの母国語)ですが、彼らはバローチ語で話します。
そのため、ウルドゥー語は学校で学んでいます。

教室の窓が鉄格子になっているのは、夜に教材などが盗まれないようにするためです。
時には、机、イスなども盗まれることがあります。


新分校.jpg


海外事業担当事務局 西村
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2012年04月06日

お祈りを呼び掛ける“アザーン”

夜明けのお祈りを呼び掛けるアザーンが鳴り響いていました。
 
 この呼びかけをする人たちはアザーンの練習を積み重ねた人たちが行なっています。大きな宗教学校ではその部門が設けられていて、「練習は相当厳しく行っている」とそこの先生に話を聞いたことがあります。
 都市部にある大きな宗教学校には貧しい農村の子ども達が沢山寄宿してイスラームを学んでいます。ほとんどが口減らしのために送られてくるとも聞いています。農山村で親達に幾らかのお金を渡して子どもを集めてくるなど、都市部の児童労働として売られてくる仕組みと同様のことが(私の知っている範囲の)宗教学校でも行われています。
 そういう事情と重なってしまうためか、アザーンは成人が行っているのですが彼らの子ども時代の悲鳴がおり交っているようでアザーンに特別な哀調を感じてしまいます。

西村
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2012年03月14日

青空学校


短期派遣中の事務局依知川、大小原と同行者の高木君、渡邉さんと一緒に青空学校へ向かいました。
バラコートでジープに乗り換え、青空学校に到着したのは12時少し前でした。

子ども達は元気でした。
私たちを見て4人ほどの子どもが泣きだし家に戻ってしまうというハプニングもありました。午後はバラコートで昼食(チャプリカバーブ)を食べ、その後、青空学校の向かいにある山へジープで登り、ケート村を一望しました。
標高2000メートルを超えるところで冷たい風が吹いていましたが、雪をかぶったカラコルム山脈の眺めは最高でした。

 5日早朝から雨となり、予定していたピクニックは中止しました。
それで、青空学校の教室で子ども達と歌を歌って11時ごろまで過ごしました。
私たちのことを恐れて子羊の群れのように教室の隅に固まっていた子どもたちとも、歌のお蔭でようやく打ち解けることができました。

その後、青空学校に通う親たちの作ってくれたケート村伝統のビリヤニーを村の子ども達と食べました。
楽しい時間を過ごせました。


12年3月4日バラコート訪問 019.jpg
青空学校の教室で歌を歌って過ごしました。
奥左から同行者の高木君、事務局の依知川、同行者の渡邉さん、事務局の大小原、AKBGのカユーム氏


12年3月4日バラコート訪問 007.jpg
青空学校の子どもたちです

西村
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2012年03月06日

カチラクンディ分校に通う子どもの家庭訪問


写真は、カチラクンディ分校長アッバース氏とともに、学校に通う子どもの家庭訪問をした時のものです。
12年2月カチラクンディー分校新分校及び周辺地区 181.jpg

この写真に写っている男性は後方の二人の女の子の父親です。
子どもに「学校は楽しいかい?」と聞いたら二人とも楽しいと答えてくれました。
父親は学校が生徒を対象にした食料配布を当てにして子どもを学校に通わせているようで、分校長に「今度はいつ食料配布をするんだ」と聞いていました。

 ムザヒル校長は以前こんなことを言っておりました。教育を受けたことがない親達に、教育を受けることの大切さを学校が理解させることはとても難しいことです。
しかし、そんな親に教育の大切さを伝えるのは学校に通う子供たちによってなされるのです。子ども達が親を変えていくのですと。アッバース分校長の家庭訪問に付き合いながら、ムザヒル校長の言う「子どもが親を変えた」親子に何度も会うことができました。

海外事業担当 西村

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2012年02月28日

元アル・カイールアカデミーの生徒の家へ


 10数年前に、薬物中毒の父親が近所の人とのケンカで殴り殺されて、住む所にも困ってしまった親子がいました。それはアル・カイールアカデミーで学ぶ当時4年生のクァラム君とムザヒル校長宅で賄い婦をしていたジャミダさんです。
 ムザヒル校長はこの親子の住む場所探しに奔走しました。卒業生の協力も得て、スラム内ではありますが住む場所を確保できました。母親はムザヒル校長宅の賄い婦をやりながら踏ん張り、息子クァラム君は、アル・カイールアカデミーを退学して車の修理工場で働き始めました。
 バス代10円ほどをもらうだけの無給で2年働き、修理の技術を修得しながら給料も少しずつ上げてもらいました。体が人より小さかったために工場内で先輩にいじめられたようですが、8年後には修理工場の一番弟子になりました。
そして、昨年の暮れに、アル・カイールアカデミーの卒業生で3歳年下(17歳)の女性と結婚しました。今は母親と嫁さんの3人で仲良く暮らしているようです。その内家族も増えるでしょう。

 学校の卒業生はいろんな面で彼をよく助けました。そのことのありがたさを身にしみて感じているのでしょう。彼は、学校で使用している自動車が故障する度に無料で修理や車両管理をしています。
 このように、学校の先生や関係者、卒業生仲間によって助けられる子ども達は沢山います。アル・カイールアカデミーは単なる教育現場ではなく、スラムに住む子供・大人達の生きるための支えとなる存在でもあります。


12年2月25日クァラムの家、生地の色など 003.jpg

写真は、クァラム君に「嫁さんも会いたいと言っている。家にお茶を飲みに来ないか」と誘われて、タスニームさんと彼の家に行った時のものです。中央がクァラム夫妻で右隣が母親ジャミダさん、右端がタスニームさんです。



海外事業担当 西村
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2012年02月21日

カラチ市街地ラッシュ


 卸業者のワリーさんの事務所に向かう途中で大ラッシュとなりました。
30分ほどトロトロと動いていましたが、その後30分間完全に止まってしまいました。
右中央の救急車はサイレンを鳴らし緊急ランプを灯していましたが、右車線に行きたくても分離帯があるため動けず、サイレンも止めランプも消して運転手も出て来て困った様子でした。

救急車の中にいた患者さんはその後無事だっただろうか・・・・・。

12年2月7日〜12日サリーム宅、ラッシュなど 004.jpg

海外事業担当 西村
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2012年02月20日

好奇心


 食料配布をする先生や卒業生の後をついてきた子ども達です。
卒業生や先生に何度も付いてこないように叱られましたが、なんのその、こどもたちはかまわずついてきました。
ついてくる子供達は増える一方でした。私にはそのことがむしろ楽しくて、どの位いるのか、「写真を撮るよ!」って子ども達に餌まきをして、ひとかたまりになってもらいました。

カチラクンディー分校、新分校及び周辺地区 239.jpg

24人いました。


この写真のテーマを「好奇心」としたいと思います。

西村
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2012年02月15日

カチラクンディ分校に通う男の子



カチラクンディー分校、新分校及び周辺地区 215.jpg


後ろの家は彼の家です。
コメントするまでもなく、彼と私は仲良しです。

西村
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2012年02月13日

モハメッドの生誕祭(パキスタンの祝日)


 モハメッド生誕祭を祝して慈善団体(アル・カイールはこの団体から寄付金も受け取っているようです)から600食分のビリヤニーの寄付を受け、昨日(2月5日日曜日)ムザヒル校長はじめ先生と生徒、卒業生らとともに朝から4時間以上も掛けて、カチラクンディ(ゴミ処分場)とアル・カイールアカデミー(スラム地区ムスタファコロニー)で配給しました。

 カチラクンディにはNGOを始め慈善団体などが時々やってきては食料などを配っているせいか、住民は感謝しているというより「もっとくれ!」とか「もらっていない」(すでに受け取っているのだが)とかで不満が噴き出すようでした。
ムザヒル校長もこのようなやり方に同意は出来ないと言いながら、この団体が大口の寄付者でもあり、モハメッドの生誕祭の日に貧しい者にビリヤニーを配ることに特別の宗教的意味を持っている団体とかで断れないとも言っていました。


 私はムザヒル校長に、そのような事情があることで断れないとしても、アル・カイールの教育のポリシーに沿った配り方を工夫したらどうかと提案しました。
しかし、この団体にはカメラを準備し住民の家のみすぼらしさと受け取った時の住民の笑顔を撮り、彼らのドナーに見せたいというシナリオがありました。
安易な提案では承諾して貰えそうにありません。慈善団体とは言え、取ってつけた慈善行為よりも貧しい住民にとってもドナー(寄付者)にとっても納得のいく提案を望んでいると思います。私は、そのような提案を出すべく努力することは、アル・カイールアカデミーの責任でもあると考えます。ムザヒル校長等と相談したいと思います。



カチラクンディー分校、新分校及び周辺地区 267.jpg
【600食分ビリヤニー(鶏肉の入ったスパイシーな炊き込みご飯 パキスタンでは祝い事の際に食すことが多い】

カチラクンディー分校、新分校及び周辺地区 232.jpg

カチラクンディー分校、新分校及び周辺地区 236.jpg

海外事業担当 西村
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2012年02月12日

シター村の子どもたち

 村の子ども達は2年に渡る洪水被災によって、なにがしかの心の痛みを受けていると思うのですが・・・。
運河で出会った村の子ども達は、手掴みで捉えた魚(中央のビニール袋の中)を誇らしげに見せてくれました。
水に痛みつけられ、その水の恵みで育まれる村の人々の生きる逞しさを子ども達にも感じました。子ども達はいい表情をしていました。

12年1月27日からダドゥー視察 子島氏とともに 191.jpg


女の子達は、運河の土手に咲く、野の花を摘んで遊んでいました。
声を掛けると一斉に逃げ出しました。が、しばらくすると、珍しいもの見たさに少しずつ近づいてきました。手に持っている野の花を求めると一輪くれました。
ダリアに似た黄色のきれいな花でした。
そのことが少女達との距離を縮めたのか、私たちにくっついて歩いてきました。
楽しい、村の視察となりました。

12年1月27日からダドゥー視察 子島氏とともに 197.jpg


海外事業担当事務局 西村

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2012年02月10日

縫製工房にて

アル・カイールアカデミー本校内にある縫製工房に注文していたエプロンが、昨年(11年)の12月に日本に到着しました。
そのエプロンをJFSAのスタッフが チェックし、問題のある所をしるしたメモを基に、縫製工房内で縫製スタッフとミーティングを行ないました。
より良い製品を作ろうという意欲をスタッフから感じ、安心しました。

JFSA海外事業担当 西村

2012年1月21日 アルカイールアカデミー・サンディーバザールなど 060.jpg
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2012年02月04日

カチラクンディ処分場内にある集落


こんにちは。
海外事業担当の西村です。

写真は、カチラクンディ(ゴミ処分場)です。
ここに、アル・カイールアカデミーの分校があります。

この時期(12月〜2月)は北風が吹くために、処分場で野焼きされているゴミの煙(ダイオキシンなどを含んでいる)は、処分場内で暮らす人々の集落(写真後部)に向かってきます。

2012年1月23日カチラクンディ分校他  028.jpg

西村
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2012年01月30日

再開されたディフェンスバザール


海外事業担当の西村です。

アル・カイールビジネスグループは、JFSAから送られてきた古着を卸売と小売に分けて販売しています。
そして、1年前から小売り販売の場所としていたバザールが工事・移転などで使用が困難になったために小売販売を休止していました。

しかし、昨年末からディフェンスエリア(高級住宅街)にあるサンディバザールの改装工事が終了したので、ここでの小売販売を開始しました。
JFSAから送られてきたバッグを主に販売しています。

ディフェンスエリアバザール.jpg

西村
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2012年01月23日

ムザヒル校長宅に無事到着しました


海外事業担当の西村です。
1月20日(金)に成田空港からパキスタン・カラチへ発ちました。
帰国は4月中旬を予定しています。

1月21日(土)の午前2時ごろにカラチ空港に到着しました。午前0時50分到着の予定でしたので約1時間の遅れでした。
今回は私と一緒に、JFSA東葛センター担当の事務局の田辺とアルバイトスタッフの阿部、東洋大学の子島准教授と一緒にカラチへ向かいました。

 機内で15年ぶりにパキスタンの友人と会いました。
彼はJFSAがパキスタンサイドの受け皿作りに苦労していた時に、お世話になった人です。その当時は血気盛んな若者でしたが、白髪も交じり、穏やかな顔をした『イイおっさん』になっていました。
 カラチ空港には、ムザヒル校長、彼の弟シャーヒッドとカユーム、ママダリが出迎えに来てくれました。皆元気そうでした。ムザヒル校長宅に到着したのは午前3時近くでした。

西村
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2011年12月09日

ゴミ拾いを仕事とするアフガン難民キャンプの少年



アルカイールアカデミーで教育の機会を得ることができた子ども達の朝礼のお祈りの時に、悠然と臆することなく彼らの前を歩き去ったゴミ拾いを仕事とするアフガン難民キャンプの少年がいました。
彼らのほとんどは教育に機会を得る子が出来ないでいます。

2011年12月2日・3日 パキスタン派遣 018.jpg


西村
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